2016年06月25日

田中美保先生との別れ


 6月23日の午後、突然の訃報が入ってきました!私の体操人生の恩師、田中美保先生が、その日の朝に亡くなられた、というご家族の方からのご連絡でした。一瞬何が起こったのか信じられない気持ちでした。6月11日に先生からお元気なお電話をいただき、お話したところだったからです。

 田中先生とは、しばらくお会いしていなかったのですが、先生からの1本の電話からまた、交流が始まり、2011年に富田林市での東北大震災チャリティーの集いに参加させてもらうなど、親交を深めて頂きました。このチャリティーの日が6月11日であり、5年後の最後にお声を聞いたのが同じ日であったなんて不思議な気持ちです。

 そして、23日木曜日の八幡のレッスンがお休みだったことも神様のお引き合わせでしょうか。お通夜、お葬式の日に予定が入っていたために、亡くなられてお家にいらっしゃるときに、河内長野のご自宅に駆けつけ、最後のお別れをすることができました。

 ご主人様、お二人の娘様、お孫さん達だけに見守られて、穏やかなお顔で眠っておられました。レッスン中(ゆっくりっく体操指導者)に倒れられ意識不明のままあっというまのできごとで、ご家族のみなさまの信じられないというお気持ちがこちらにまで伝わってきましたが、先生との絆が感じられ、愛情に包まれてすばらしい大往生だったのだと思いました。

 失明されてからのご苦労など微塵も感じさせないぐらい、明るい前向きに生きているご様子と、私のからだまで気遣ってくださる優しさが、このご家族ありきだと感じました。みなさんに愛されておられたということを強く感じられ、とても穏やかな気持ちでお別れすることができました。

 日頃、レッスン時に「踊りながら棺桶に足を入れましょう!」なんて、私が言っていたことをそっくり実践されたのだと思い、ご主人様のお気持ちを「本人は大満足で亡くなったのだと思います。」という言葉に表せられたのが印象的でした。

 思い出話は尽きませんが、明日はお葬式、行けなくて残念ですが、早く行けたことが嬉しかったのです!安らかにお眠りください。合掌
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2016年06月20日

 初めての長男宅訪問!

 
 この春、東京に転勤になった長男宅に1泊しました。8階ですので見晴らしもよく緑も多く、すっかり馴染んでいるようでほっとしました。大阪に比べて緑が多いのは、昔から知っていましたが、街を走っていても気持ちが良く、八重洲に迎えに来てくれて住まいまでの道のりもあっという間でした。

 莉杏ちゃん(孫ですが)の誕生日を祝うのが目的でしたので、エンちゃん(お嫁さん)の手料理でお誕生日会をしました。久しぶりのタイ料理で、ケーキも食べ楽しい時間を持つことができました。

 翌日、東京から軽井沢が近いというので、長男の車でなんと、久しぶりの信州に行くことができました!子供たちが小さい頃、年に何回も訪れたところです。関西からだととても遠いのですが、丁度1時間余りで軽井沢です。

 子供たちが小さい頃、寝ている子を車に運び、夜中に出発し軽井沢プリンスホテルの朝食を食べに行くという無謀な?ことをよくやりました。パジャマのまま連れて出て朝着いてみれば、お洋服を持って行き忘れるという失敗も・・・

 今回はホテルで、ランチをいただきました。昔は、閑静な別荘のたたずまいでしたが、今や、大ショッピング街になって、多くの人が訪れていました。息子たちもすでに、2,3回来たとのことで驚きましたが、子供時代に体験させたことを自分の子どもにも繰り返しているのですから不思議です。

 帰りは、軽井沢で息子たちと別れ、新幹線で軽井沢⇒東京⇒京都で帰って来ました。長い間行けなかった信州の空気をいっぱい吸って楽しい小旅行になりました。

 来週は、やはりお誕生日を迎える長女の子どもたちに会いに愛知に行く予定です。忙しさになかなかできなかったことをどういうわけか叶えられそうです。さて、どんな展開になるのでしょう!
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2016年06月13日

 OSK 『紅(くれない)に燃ゆる』

  
 宝塚の誰よりも好きなのがOSKの悠浦あやとさん。桜花昇ぼるさん退団の後、トップになって欲しいのが彼女ですが、年功序列もあるのか、混沌としています。

 色々な団員の組み合わせにより各地で舞台を行っていますが、その中で異彩を放っているのが、『紅に燃ゆる』の真田幸村を演じている悠浦あやとさんです。観るのはもう2回目ですが、随分成長された幸村を演じられ、感激しました。

 天下分け目の関ヶ原の戦いで真田一族の選んだ道は、東軍・西軍それぞれに、親、兄弟を分けて戦うことでした。しかし、西軍は敗北して、兄の信之は東軍の徳川家康陣営に・・・父の昌幸・弟の真田信之は西軍の石田光成陣営に加勢する事によって、勝敗に関係なく、真田一族として存族するという苦渋の選択をとったのです。

 私はNHKドラマを見ていませんので、この舞台で初めて、真田幸村像を感じることができました。勿論、脚色はしているのでしょうが、昔は優雅な気持ちを持っていたのでしょうか、とても優しい幸村を感じました。

 久しぶりの大阪、電車に乗るのも滅多にないことです。近鉄百貨店の丸福珈
琲でランチを食べました。さすがにコーヒーは美味しかったです。

 
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2016年06月07日

 炭山に引っ越した母


 母が炭山の姉の家に転居してから10日が経ちました。姉夫婦は陶芸家ですので、母も1人になることがなくなりほっとしました。今までは、夕食は毎晩我が家で一緒にいただき、夜は姉が泊まりに行くという生活でした。

 昼間は週2回、1時間のヘルパーさんの訪問と、週2回、お迎えしてもらって運動や遊びに午後の3時間ぐらい通いながらがんばっていましたが、三角関係の生活は少しずつ、それぞれの限界がきていたように思います。

 今までは、玄関を出ると目の前にスーパーや、整体院、美容院、私の家も直ぐ近くでしたし、母に出来ることも多かったのですが、先のことを考えるとひとり暮らしはむずかしいかなと思い、決まったことでした。

 今日は、千里のレッスンとマッサージの日、千里阪急の地下でお弁当を買って炭山の姉の家に行きみんなで食べようと思いました。今までも、基本は我が家の手料理でしたが外食をしたり、美味しいものがあれば千里や、くずはで買って帰りました。久しぶりに色々楽しませてあげたかったので、たくさんおいてあるお弁当コーナーでさがしました。

 なかなか難しくって、迷いつつ奥村彪生(おくむらあやお)さんの季節野菜弁当を買いました。この手のお弁当は見ばえは同じように見えていましたが食べてみてみんなで驚きました。おかずの種類も多く味もよく、さすがでした!

 奥村彪生監修と書かれていますが、どのあたりまで関わっていらっしゃるかは分かりませんが、名前だけのことはありました。

 母も山は寂しいと言いながらも落ち着いた感じで良かったなと思いました。時々はこんな感じで会いに行こうと思っています。
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2016年06月03日

 男子無事見つかって良かった!


 北海道の不明男子無事に発見され良かったですね!しつけということで置き去りにされ7日目だそうですが、水も食料もなく元気に話していたというから、驚きです!

 自衛隊の演習小屋で見つかったそうですが、5キロも離れた場所までたどり着いて本当に奇跡的です。山中をうろうろしていたら雨も降ったそうですから危なかったですよね。ほっとしました。

 それにしても、世間では非情と取られそうですし、普通はやらないとは思いますが、ご両親にしたらあまりに言うことを聞かないのでちょっとのお仕置きのつもりだったのでしょう。

 思えば自分の幼少時代を思い出すと、押し入れに入れられたり、玄関の鍵をかけられ追い出されたりよく泣いていましたが、今なら虐待にとられてしまうでしょうね。

 この少年の場合、泣きながら後を追っていたら、迎えに来た両親に会っていたと思いますが、全然違う場所に行ってしまうという心理はどうなのでしょう。玄関で泣き叫んでいた自分と違うところは、少年に自立心があるということなのでしょうか。お仕置きにならないところが、現在の子どもたちの心理なのでしょうか。

 教育のむずかしさを感じる出来事でした。今の若者は、愛ある叱り、痛みが通じないのかもしれません。叱り方も、直ぐに虐待に近いことをしてしまう親世代にも問題がありますね。スマホのやりとりに疑問を覚えていますが、ネット上で「ごめん」と言って済ますことには、なんの痛みもありません。顔を見て話さなければならないと、どういって謝ろうとか心の葛藤がありますが、一方的に文字を並べても相手には通じないですから、本当には解決しないのです。

 どんどん、人間の心がすさんできているような気がします。無感動、無表情な若者が増えていますが、やはり大人である我々から変わっていかねばなりませんね。

 少年の未来にとって今回の出来事が良い思い出になるよう願っています。
posted by 津田 美智子 at 10:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記