2018年10月21日

 日曜日の朝は徒然(つれづれ)なるままに


 月曜日から土曜日までは、毎日レッスンがあり、朝の流れはほぼ決まっています。8時頃、お祈り、季節のフルーツ何?種類、日によって野菜のスムージー、卵、珈琲の朝食、身支度をして9時30分位に家をでる。

千里の2日間を除いて後は毎日行先が変わります。京滋バイパス宇治西から入るのは変わらないのですが、途中で違うルートになります。

 一番間違えやすいのは、亀岡と千里のルート。月曜日が千里で吹田、大阪方面。火曜日が亀岡ですが、話していると亀岡の日なのに吹田ルートに!名神と縦貫道を間違うとさあ大変!

 ちょっと前にやらかしてしまいました。以前にも失敗して吹田まで行って戻ったこともありますが、今回は新名神高速道が開通していたので高槻〜引き返すことに・・・冷や汗ものです。

 基本的には、くずは、八幡も京滋宇治西から高速に入るのは同じなので、出口を間違えれば、大変です。高速道路のお蔭でどこも昔に比べれば、本当に近くなりありがたいですが、呆けないように気を付けねば・・・・・!

 そんな毎日ですが、日曜日はやはり唯一、自由な朝を迎えます。ゆっくりお風呂に入って、同じメニューでも朝食をゆっくりいただけます。普段はテレビを見ませんが、「日曜美術館」と「地球便」の2本だけ見る事が多いのです。
「地球便」は毎回いろんな国で親と離れて頑張る人に親からお届け物を届けるという番組です。すごく頑張っている人や、これでは心配だなと思われる人などさまざまですが、異国で頑張るのは大変なことですから、応援したくなります。

 今日は、「ロイヤルオークホテル」でランチを楽しみました。1週間ハードなスケジュールが続いた時は、琵琶湖畔のこのホテルに来ることが多いです。お薦めは「ステーキ石山」ですが、今日は和食「吉野(きつの)」でそば定食を!
リーズナブルなお値段で、とっても満足できるお料理でした。

 帰りに母の病院へ。ベッドにいないので聞くとコンサートに行かれていますとのことでえーっ!と驚いたら、病院主催のリハビリセンターの建物での「愛のリラクセーションコンサート2018」というコンサートがあるのだそうです。行ってみると、多くの観客で満員。始まったところで、お琴の音色に一般の方も患者さんもとても楽しんでいました。

 探しても分からないので、こちらも楽しんでいたら、車椅子の母がしんどくなったと連れて来られ病室へ。こんな催しに行けて良かったねととても嬉しかったです。明日からまた、頑張れるかな。徒然なるままに・・・

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posted by 津田 美智子 at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年10月15日

銅板画家入江明日香展


 先週の金曜日、千里のレッスンを終えて、兵庫県立芸術文化センターで行われた『万作萬斎狂言』を観に行きました。狂言を観るのは久しぶりでしたが、野村萬斎さんの姿を観るのを楽しみにしていました。

フィギュアスケートの羽生結弦さんが陰陽師の「SEIMEI」を躍るにあたって、萬斎さんにお会いして振りについてアドバイスをもらっていることが、報道されていましたのでどういう動きをされるのか楽しみにしていました。

「柑子(こうじ)」を父である万作さん、「鈍太郎(どんたろう)」を萬斎さんが演じられましたが、能楽堂のように舞台設営はされていますが、客席が普通の舞台ですから臨場感が足らないせいなのか、伝わるものがなくて期待が裏切られた感でした。

能楽堂では、セリフも朗々と響き、姿も芯があり能・狂言は好きなジャンルでしたが、今回ですっかり、興味が無くなってしまいました。足さばきや、足腰、背筋の伸びの美しさを期待していたのですが・・・

帰り道では、ちょっとストレスになっていましたが、京都高島屋によって、東洋亭のハンバーグを食べとっても美味しくてしっかり立て直しができました!

月曜日に行く予定だった、「入江明日香展」も鑑賞することができました。若手アーティストの中でもトップランナーのひとりとして、人気急上昇中ということでとても興味がありました。

彼女の言葉、「夢は見ないと前進しない。ただ見ているだけでも前進しない。今迄、そして今日でも不思議と夢叶え人が背中を押してくれている気がする。勇気を出して半歩進むと自然に進むべき道が開けて来る。そんな感じでここまで歩んできました。」

彼女は一人っ子で内気な性格だったそうで、私はそうでもなかったのですが、この言葉での流れは、とても共感できるものでした。そして、2004年に多摩美術大学大学院を修了して版画表現のおもしろさからコラージュ作品へと展開しフランスでの滞在でさらに力を付け、新しい世界を広げ続けている稀有な人です。

どうしても、もう一度見たくて、日曜日の今日、朝からまた高島屋に行きました。うーん!やっぱりすごかったです!

帰ってから、母に会いに行きました。持って行ったフルーツ美味しそうに食べてくれました。早く退院できますように!

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posted by 津田 美智子 at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年10月08日

 母が苦戦している!


 私の母は、4月に転んで大腿骨骨折で入院してから半年余りが過ぎました。手術、1ヶ月後にリハビリ専門の病院に転院、期限切れで8月末に介護施設に転院と、母にとっては不本意なほど、大変な生活の中、歩行器に頼って移動はできるものの自立にはもう1歩かと悶々としていました。

 そんな矢先、この土曜日に、肺炎で肺に水が溜まっているとのことで、手術をした病院に戻ることになりました。振出しに戻ったようでがっくりときました。昨日、会いに行きましたが、点滴と酸素を送る管を付けたままの姿になっています。

 母は、肌の色もきれいで、気持ちは歩けるようにとがんばっています。医師も水を抜いたので、落ち着いたらまた、リハビリを始めますと言われましたが、筋肉はかなり落ちていますし、医師にも93歳のご高齢なので仕方ないという空気が感じられます。

 本当は、一貫したリハビリをしっかり受けられたら、回復も早やかったと思いますが、姉も私も日夜付き合うことができないので、居場所を転々とし(受け入れ期間に制限がある)ため、変わるごとにまず慣れることから始まり、リハビリのやり方もそれぞれですし、とても、歩けるようにという願いが叶う状態ではないということが分かりました。

 歩けなくなったら、1人に対して必ずサポートする人がいるのだと、痛切に感じます。それこそ老老介護と言われている世の中、そして働かねば生活できない状態であれば、そういった施設の力を借りるしかないのですが、今回の経験から感じたのは、一人ひとりに対応できる施設はなかなかないのだと思いました。

 母が骨折する前に、通っていたデイケアのような場所は通えるという条件が必要であるということ、それによって扱いが変わってくるということを感じました。そこは生活の場がありました。母も体操したり、お手伝いをしたりみんなと普通に会話したり人間的でいられます。

 仕方がないことかもしれませんが、4月からの母の環境は、今まで元気にしていた人が、1日中することも無く、食事を3回ありますが、みんな無言で食べ、後はぼーっと座っているか、ベッドに行くしかないのです。

 歩けること、自分のしたいことがあること、できること、そんな自分で生きるためには、今からしっかり、心とからだを鍛えることが必要なのだと思い至りました。私自身はなったことから言うと、今までの生きて来られたことは奇跡的ですが、みなさんはいくらでも心とからだを変えることができます。できるだけサポートしますから、ぜひがんばって下さいね!

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posted by 津田 美智子 at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記