2021年03月28日

 今日、思ったこと

 コロナ禍の中で、毎日のレッスンに一生懸命に向き合っています。マスク、体温、消毒のおかげなのか、教室の生徒さんはコロナには感染していません。世間ではマスクに対しても色々な考えを述べる人もいるようですが、ひとり一人の心がけは必要だと思います。例えば、専門家の意見を聞いたうえで、決められたことを守るのは、可能性があるのであれば守るという決まりとして従うべきだと思います。

 と言っても、意見の相違による闘いは長い歴史の中で繰り返されてきました。しかし、そのおかげで人類は多くの経験により大切なものを学ぶことができたのです。日本は、さまざまな権力者が次々に入れ替わることで、時代を超えながら明治、昭和の時代に突入しました。

 そこからは、顧みてみれば、「後進資本主義国である日・独・伊3国と米・英・仏・ソなど連合国との間に起こった全世界的規模の大戦争(第二次世界大戦)。1939年9月ドイツのポーランド侵入、英・仏の対独宣戦により開始。ドイツ軍は一時欧州諸国を席捲、40年6月にはパリを占領、41年独ソ不可侵条約を破ってポーランド東部・ウクライナ地方に侵入、独ソ戦争が勃発。一方、同年12月日本の対米宣戦で太平洋戦争が起こり、戦域は全世界に拡大。42年夏以降連合国軍は総反攻に転じ、43年にはスターリングラードにおけるドイツ軍の全滅、英・米連合軍の上陸によるイタリアの降服、45年5月英・米・ソ軍のベルリン占領によるドイツの降服、8月には原爆投下とソ連の参戦による日本の降服となって終了。」

 日本はこの第二次世界大戦によって大きな代償を払うこととなりました。多くの若者が特攻隊となって、戻ることのない零戦(ゼロせん)という戦闘機で体当たりして、命を亡くしたのです。また、広島・長崎の原子爆弾投下による今なお続く苦しみ、その後に及ぶ核の脅威、地球温暖化の見られる、自然破壊の現象など、書き上げれば限のないほど、心配の種は尽きません。

 このように決して繰り返してはいけない経験を積んできたことも忘れ、私たちはみんなで力を合わせて頑張ろうというときにも気持ちが一つにならないという理不尽さを思います。カラオケや会食でマスクしないでクラスターが発生したのなら、マスクで防げるか試してみるなど、みんなで頑張ったねと嬉しくなることなら、やればいいじゃないと思うのに、色々な意見があるよねなんて言いたくもない。

 ミャンマー国軍の民間人殺人など、言語道断!日本は二度とそんな国にならないようにみんなで世界中を守らなければいけないのに・・・今日は、こんな私です!

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posted by 津田 美智子 at 17:53 | TrackBack(0) | 日記

2021年03月21日

 めったにない休日は彼岸の日だった!


 平日のレッスンがお休みというのはめったにありません。昨夜は、ゆっくりできるかといつもより早めにお布団に・・・と言っても午前さまではありましたが、いつものように7時頃、一度目が覚めました。しかし、お休みだと思ったとたんに再度熟睡、目が覚めたのは9時半でした!

 何故目が覚めたかというと、スマホを見ると姉からの着信が!着信音で起きたというより、眠りが浅くなったので自然に目覚めたという感じでした。幸せ者ですね。今日は、どうしても高島屋に行く用事があるので、お墓参りは姉が先に行ってくれることになりました。高島屋と言えば長い間行っていませんが、お彼岸だからこその用事で、思い切って出かけました。

 連休でもあり人が多いかと心配でしたが、お昼前のせいかいつもなら駐車場に入る長蛇の列が、すーっと行けてしまいほっとしました。やはり帰る頃にはいっぱいの車でしたから、みなさんお墓参りの方が多かったかもしれません。

 彼岸というのは、春分の日を中日として、その前後7日間を言うのですね。生死の海を渡って到達する終局・理想・悟りの世界といいますから、故人を偲ぶ大切な日なのですね。父はちょうど東日本大震災のあった2011年、今から10年前の9月13日、母は昨年の9月1日に亡くなりました。コロナ禍に見舞われてからのなんと月日の経つのが早いこと、まだまだ収束することのない災害からの10年を思うと歴史上でも何度も同じようなことが繰り返されているのです。

 父と母のご仏壇に手を合せ、母の大好きだった虎屋(とらや)の羊羹をいただきながら訳もなく不思議な時間を味わっていました。人が生きるということ、人が亡くなるということの意味を考えるととても非現実的な世界を思ってしまいます。人と人との繋がりについても思うのです。父にしても母にしてもみんなその時を精一杯生きたけれど、自分を取り巻く環境に左右される危うさがあると思われる。父と母を幸せに思えても、その流れは歴史の一端に過ぎないのかもしれない。
 
「夜と霧」の作者、V・E・フランクルの「それでも人生にイエスと言う」を読んでいます。ナチスの強制収容所から解放された翌年にウィーンの市民大学で行なった3つの連続講演を収めた本です。精神医学者だけでなく、哲学者であり広い意味での教育者と言われています。今のコロナ禍で始まった世界情勢の動きがまた過ちを繰り返すのではないかという危機感さえ感じる今、自分を見失うことなく一番大切にすることは、温かな心を育む世の中にし続けることしかないかと思うのです。

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posted by 津田 美智子 at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月14日

「ありがとう」の言葉を大切に!

2011年3月11日、2万2000人を超す死者・行方不明者を出した東日本大震災から10年と3日経ちましたが、避難者はなお4,1万人避難生活を続けていると言います。また先月には、福島県沖を震源とする最大震度6強を観測した地震が起きました。このニュースが流れたときには、思わずなぜ同じところで・・・と本当に理不尽な思いをしました。中には、10年前に被災された方が今回も家屋を失ったとのことでした。まだまだ地震は終わってはいないと改めて怖いと感じました。

 色々な被災地のニュースが相次ぐ中で昨夜、NHK「被災地から世界に届け10年分のありがとう!」との見出しで、被災地から始まったという、感謝の思いを色んな人に「ありがとう」で伝える番組でした。10年経ったからこその内から湧きあがる真実の想いを今だから伝えたいというお気持ちをひしひしと感じ胸が熱くなりました。

 肉親を奪われた人々、夫と子供(2人の内1人)を亡くした方は、自分が生きる理由が分からなくなり残された子どもに笑顔が無くなったり、本当に心が凍り付いたままだったのかと・・・その方が、お世話になった母親に「ありがとう」のメッセージを送る姿を見て、なんて長い年月がかかったのだろうと正しくこの雪融けの季節に人の心の温かさを身に染みる想いで考えさせられた被災地の今の姿でした。

 コロナ禍の今も、これでもかというほど、次々に襲われる逆境にまだ私はやりたいことがやれて、感謝の気持ちや、「ありがとう」の言葉も自然に言える。大きな災害に遭ったわけではないけれど、地震などの災害も、コロナの収束を願っている現状であっても、いつ、何が起こるか分からない世界中の情勢すら確信のないままでいます。

 だけど、「ありがとう」は言える。芯体操のレッスンを大切に思って来てくださるみなさんに「ありがとう」です。自分にできることを一生懸命にやろうと、できる場があることに「ありがとう」です。色々な身体と闘いながら乗り越えることで元気になってくださるなら「ありがとう」です。 日々、色々な食材を得られて、工夫して美味しいものが食べられることに「ありがとう」です。

戦争やコロナのような、人災、天災に人間は長い時代を闘い、多くの犠牲も糧にしながら生きてきました。傲慢にだけはなりたくないですね。「ありがとう」だけは忘れてはならない言葉・想いであって欲しいですね!

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posted by 津田 美智子 at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月07日

 Chacott(チャコット)さんとのお付き合いに想う

  
 バレエやヨガ、健康体操などの衣装など扱ってきた会社ですが、私が個人的に知るようになったのは、健康体操を始めた頃に遡ります。健康体操の団体に属していたとき、ダンスやスポーツなどに普及したレオタードなどを身につけて、わくわくしながら楽しんでいたことを思い出します。華やかな時代でした。

 その時チャコットのIさんとは、芯体操創立後も引き続きお付き合いし続け、それまでの団体を離れて、個人的に向き合ったことで、私の中に新たな思いが芽生えたのを覚えています。当時のIさんはとても若く、日本列島が女性の伸び伸びとからだを動かす喜びに満ち溢れていた中で生き生きとお仕事に励んでおられました。

 そんな状況でお目にかかり、お互いが夢と希望を持っていましたので、私はこんなことを考えていました。「共存共栄」の精神です。私にとっての体操の世界は、ビジネスからかけ離れていますが、Iさんにすればお仕事ですから、少しでも力になりたい、そして私は生徒さんに少しでも楽しんで頂くためにできるだけ良い品を提供したいと思っていました。
 そこで、Tシャツ1枚でもいい条件を選び、なるべく多くの枚数を買っていただきたいと願っていました。その気持ちが、芯体操を設立してからもIさんを通じ交流を続けることができたのだと思っています。


 芯体操の創立記念に初めてのTシャツをこちらがデザインを考え、色違いを2枚作り殆どの方に2枚購入していただくことで格安で作ってもらえるようになりました。チャコットさんにデザインの細部に至るまで構想を伝え、みなさんに喜んでもらえる商品を提供できたのは、そうした話し合いができた良き時代と、人と人との繋がりを大切にしたお互いの気持ちで叶ったのだと思っています。

 それを引き継いだ、Tさんにも心から感謝しています。その後何度もTシャツづくりもできましたが、世の中の移り変わりは厳しく丁度、Tさんの進退もお聞きしています。時は流れ、今日は思い出に浸ってしまいました。つくづく思うことは、やはり、気持ちを込めて精一杯、物事に向き合うことの大切さをつくづく感じています。コロナ禍でつい言葉で伝わらないもどかしさを感じたりしますが、やはり表情が見えないことで誤解が生まれることもあるかもしれません。相手の話をよく聞くことも大事、色々考えながら温かい気持ちで過ごしたいと思っています。

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posted by 津田 美智子 at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記