2019年02月17日

「きょうよう」のある幸せ


 昨年の9月15日、女優の樹木希林さんが永眠されましたが、ご自分の生き方を貫く方で言いたいことをずばっと言葉にされたり、切り口に嫌味がないので、とても存在感がありました。

 『一切なりゆき』という著書の中で、2014年に語られた言葉が載っていました。「最近のわたしは、「きょうよう」があることに感謝しながら生きています」
えっ!「きょうよう」って?
「教養ではなく、今日、用があるということ。神さまが与えてくださった今日用をひとつずつこなすことが日々の幸せだし、最後には、十分に役目を果たした、自分をしっかり使いきったという充足感につながるのではないかしらね。」
全身がんと向き合いながら、自分を使いきって死にたいと考えておられた姿が浮かびます。

 最後の姿を追った番組を見た時も、シンプルに生きることを徹底され、すっきりと整理されていた自宅での姿が印象的でした。そして希林さんの死生観を表わす出来事も書かれていました。

 死をテーマに語る会で、知り合いの娘さんは海外生活が長いのですが、お父さんがいよいよとなった時に家族みんながかけつけました。「パパ!」「起きてよ!」って必死に願うと心電図のモニターの音が消えそうになるとまた波が戻る。みんながほっとするとまた消えかけて、みんなが声を出すと戻るというのを何度も繰り返していました。みんながくたびれた頃、またツーッと消えかけた時に娘さんが、「パパ!生きるのか、死ぬのか。どっちかにして!」って言ったという話に会場中が爆笑になったそうです。

 続きのお話もありました。火葬場でお骨になるのを待っていると、係りの人が報告に来た時、その娘さん、「みなさーん、いまパパが焼き上がりました」って言われたそうです。希林さんは、「面白いわねぇ、世の中って。「老後がどう」「死はどう」って、頭の中でこねくりまわす世界よりもはるかに大きくて、予想外の連続よね。楽しむのではなくて面白がるの。面白がらなきゃ、やっていけないもの、この世の中。」って自分が亡くなる1年前に言っていらっしゃるのです。
  全ては、自然に決められていることであり、今日、用があることに感謝しつつ、精一杯生きることができれば、幸せに思います。

URL http://www.shintaisou.jp/
posted by 津田 美智子 at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/185571945

この記事へのトラックバック