2021年05月01日

  宮本武蔵から吉田簑介さんまで

  
 宮本武蔵の肖像画が熊本市の島田美術館にあるそうだ。また、武蔵と小次郎が1612年に戦った巌流島(船島)は山口県下関市にある周囲1.6キロの無人島で、2人の決闘を再現した銅像などがあるそうだ。現存する肖像画を新聞記事で見ると今までもっていたイメージとあまりに違うので驚く。

 武蔵が晩年に書いた兵法の極意書である「五輪書」の身体論ではこの肖像画の姿を思わせるような力を抜くことを表しているようである。私は「五輪書」を学んだわけではないが、夢中に健康体操をやる中で感じ取ってきたからだの在り方はその過程の中で始めた「合気道」や「空手」で学び取ったある部分が、自分の感じてきたことと紛れも無く同じであったということを知る。

 肖像画の姿は、だらんと下がった腕、なで肩、重い二刀を握る手は力が抜けているなど、からだの使い方が、書に細かく書かれているのと完全に一致するそうだ。何故か私はレッスン中に、刀を構えて持ち、「後ろの人も見えるのよ」なんておどけてみたり実は真剣に感じていたことなど、思い出すと笑えてくる。

 そんな時、「文楽界の至宝」と言われる吉田簑助さんが、4月24日(25日の千秋楽が1日早まった)に引退された。6歳から吉田文五郎の下で87歳まで、なんと81年の舞台生活に幕を引かれた。

簑介さんとの出会いは1961年に三代簑介を襲名し初代吉田玉男さんと名コンビとして知られ20年経ったぐらいの頃だろうか、女形の華やかさと色気随一の人形に魅せられてしまったのだ。それも文楽劇場ではなく料亭、目の前の屏風の横から艶やかな着物姿の女性が覗いた姿に・・・そして、胴串(どぐし)人形の首(かしら)を操る支柱を持った簑介さんが出られたときにあまりの美しさに声も出なかったのを鮮明に覚えている。確かに人形と人間が一つの空気に同化していた。

何にというのはおこがましい、「いのちの芸」正しくいのちを懸けて人形にいのちを吹き込むのだ。人間よりも綺麗だ。人間が躍るより美しい。それから、何年間か文楽劇場に通った。色々な人形遣いも知り、浄瑠璃、楽器など義太夫節などのさまざまな世界を知ることができた。作品による何通りもの女性の違いなど簑介さんにかかったらそれこそ一人ひとりが個性をもって生きて、心を揺さぶる。

芯を持った人間にしか人形のいのちを生かすことは出来ない。芯体操に必要不可欠なことそれをこの時期に学んだような気がする。

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2021年04月25日

 コロナ禍で考えさせられる日本の在り方

 
 今日から緊急事態宣言が発令されました。対応の遅れる政府の決断より一足早く、芯体操教室の対応を考えておりましたので、みなさまへのお知らせもスムーズに進められほっとしております。感染者を出す前に食い止めたい、みんなで自粛を守りコロナを収束させたいという強い思いがあります。それが、1日も早い再開に繋がるようにと願っています。

 そんな時、手元にある2019年創刊60周年記念特別号の週刊文春をじっくりと紐解くことができました。その本は「美智子さまの60年」というご成婚までの秘話から始まり、皇室での美智子さまの歩みを綴られた貴重な1冊なのです。と言いますのは先日、英国のダイアナ妃の生前の生きざまが放映されていたのですが、1981年チャールズ皇太子との結婚から王室の生活の中で、美智子さまと共通点があるのを感じ、改めて美智子さまの人生が日本という国にとっての有難さを感じずにはいられないと思いました。

 英国のしきたりにもめげずにウィリアム王子と、ヘンリー王子を自分の手で育てるという強い信念の中で成し遂げたことは、時代こそ違えど、美智子さまの辿られた歩みとダブる面もあります。1959年の日本ですから皇室の天皇、皇后の存在の中で侍従の手によって育てられた皇太子明仁親王と出会ったのも運命的であり結婚を皇太子の強いお気持ちで決めても、さまざまないじめもあったという中で、育児を自分でなされるまでの葛藤は凄いストレスの連続であったことでしょう。

 ダイアナ妃の意志は今のヘンリー王子の結婚、その後の行動に繋がっているとも言えますし、浩宮天皇になられる推移、礼宮ご家族の様子などでも、おのおの兄弟の確執もあろうかと思いますが、2人の女性のおかげで、大きな改革は成されたのではないでしょうか。ダイアナ妃の映像の中で自分の子どもは自分で育てると言ったことを強く反対されたシーンの中で、その映像を見ていた今の若い女性たちの「えーっ!なんでー!」信じられないという反応があり、今の社会を変えたのはこういう苦難の道を生きた人がいたからだとしみじみと考えさせられました。

 2019年(平成31年)美智子さまは「上皇后」となられました。前皇后の称号については夫婦の生死に関わらず歴史的に用いられてきた「皇太后」の称号を用いるべきという反対意見もあったが、「退位した上皇が健在であれば(皇室史上においても)崩御により夫と死別した未亡人のイメージが強い皇太后の称号は避けるべき」とされたそうです。「上皇」『上皇后』になられて良かったです。ご高齢になった今も、国民のことを考えてくださるお2人の幸せを心から祈らずにはおれません。

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2021年04月18日

「おらおらでひとりいぐも」

  
 「60万部突破のベストセラー映画化!」という言葉につられて、昨年映画化されたそうですが、今頃読み終わりました。短い単行本で東北弁が溢れた文章に訳が分からないままに、70代桃子さんの心の問いかけが織りなす世界に引き込まれてしまいました。

 「おらは後悔はしてねのす。見るだけ眺めるだけの人生に それもおもしぇがった。おらに似合いの生き方だった
んでも、なしてだろう。こごに至って 
おらは人とつながりたい、たわいない話がしたい。ほんとうの話もしたい ああそうが、おらは、人恋しいのが 
話し相手は生きている人に限らない。大見得を切っていだくせに
伝えって。おらがずっと考えてきたごどを話してみって
まだこの国に災厄が迫っている気がするも、どうしてもするも
伝えねばわがね。
それでほんとにおらが引き受けたおらの人生が完結するのでねべが 」
 
この本の初版発刊は昨年の6月ですが まさに著者若竹千佐子さんが書き表したこの世界は 難しいけれど確かな気合いを感じます。

 方言満載の作品であるのが読みづらいと、忙しくて進まなかったのが今日はあっという間に読み終わりました。すると、先日新聞の記事で方言のことが書かれていたのを思い出しました。くずは教室、八幡教室の行き帰りに通る道、帰り道の信号手前に「お静かに」という大きな標語を見かけるのですが、近くに家があるわけでもなくクラクションを鳴らす場所でもないのでいつも疑問を抱いていました。その記者は、会食中の大声やはしゃぎ声を慎まねばならなくなって以来、頭をよぎる方言があるというのです。それが東北ほか一部の地方で、「お気をつけて」の意で「お静かに」と声をかけるというそうです。「お静かに」は決してとがめているのではなく、いたわりの声掛けだったのです。

 なんと不思議な言葉でしょう!方言は分からないので、早口で言われると誤解しそうですが、きっと温かい気持ちがいっぱい込められているのでしょうね。コロナ禍だからこそ、人への気遣いができる言葉を大切に伝えたいと思いました。今度からあの標識を見る度に、幸せな気持ちになることでしょう。

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2021年04月11日

芯体操レッスンの効果はありますか?


  最近のレッスンは、自分にはますます分かりやすくなっています。しかしそれをどう伝えるかということは、生徒のみなさまにとってはとても一筋縄ではいかないかなというお気持ちであるかもしれません。お腹を感じることで手足、頭までつなぐという感覚さえ分かるためには様々な運動で歪みや捻じれを取るための時間が必要かもしれません。

 「関節を緩める」 「骨を引き離す」 「筋肉をつなぐ」 という三大理論を掲げています。ひとつずつの意味は私の造語になりますが、芯体操を学ぶ中で、頻繁に使う言葉なので、なんとなくイメージできるようであれば嬉しく思っています。靴下やシャツを引っ張って体感してもらいますが、少しずつからだで覚える運動の基本となります。

 白血病から復帰した池江璃花子さんが、日本選手権で4冠を達成されました!大会前は勝てる自信があまりなく、負けも覚悟していたそうですが想像以上にからだが動き、100メートルの自由形とバタフライで優勝すると、生来の負けん気に火がついたと報道されていました。私は競技の映像を観てなんと均整の取れたからだだろうと驚き、泳ぎ方も手足の流れがバランスよく動いており、先の三大理論が、池江さんの天性のものとして備わっているのを感じました。

 一端、筋肉がかなり落ちたそうですが、復帰のための訓練が筋肉を鍛えるということだけではなく芯体操の目指している訓練方法と同じかなと感じたことでした。腕や脚を強い筋肉で動かしているのではなく、お腹と胸を上下に(水に平行して)引き合いながら手足をすーっと脊柱につないで引き合って水に乗るような感じです。病気になる前の最高のからだを中のからだが覚えていたのでしょう。

 レッスン中に筋肉が繋がり伸びた瞬間を感じた方は、そこから色々な動きを誘導していくと今までやれなかった動きが生まれ、感動することがあります。そこまでいけると本当にしなやかで驚くほどからだが伸びるのです。からだが本来持っている自然のバランスの取れたからだになれるのです。汗がじわっと、ばっ!て感じでからだが熱くなります。からだの扉、心の扉が開く時です。

 まだまだ、牛歩の歩みですがこのコロナ禍の間がチャンス到来ですね。2レッスンはきついですが私の力が続く限り、楽しみながらレッスンの面白さを味わって下されば嬉しく思います。

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2021年04月04日

 桜泣かせ雨降りの日曜日


 今日は朝から曇り模様のお天気、朝食を済ませて、めぐさんと高島屋まで・・・人ごみを避けるために11時過ぎに着くようにしましたら駐車場もスムーズに入れ、人も少なくてバッチリでした!どうしても用事があったのですが、状況を読みながらの行動をしております。

 道中の桜はまだまだピンク色に美しく咲いています。我が家のハナミズキも明日から1週間満開になって楽しめそうです!昨年の今頃はちょうど自粛中でした!本当に出かけることもしないで、頑張っていたなと懐かしく思い出します。もう1年が経つのですね。レッスンを続けながらも、感染者を出さない心がけはしっかり守らねばならないと毎日が祈りながらの日々を送っています。

 しかし、一部の人の思い込みで、マスクを付けなかったり作り話に踊らされる人々もいることに胸が痛みます。以前に読んだViktor Emil Franklの「夜と霧」を最近もう一度読みました。人間が考えられない行動を起こすことは、この本に出てくる第二次世界大戦などの世にいやというほど思い知らされました。このコロナ禍においても、仕事が無くなり収入の道を閉ざされ、止む無く悪事に手を染める人が出てくる現実、昨夜のNHKの番組でも騙されて深みにはまった人々を取り上げていました。個人情報を握られ、逃げ道がなく犯罪を犯してしまう。

 どこかでこのスパイラルの連鎖を断ち切らねばならない。健全な心と身体を保つことは自分自身のモチベーション維持、向上に繋がります。SNSで色々なデマが流れると言われていますが、電車の中でも、家庭でもスマホを離さないで1日中かじりついている人もいるようです。まずは、スマホから離れてみることも必要です。

 家で何をするのかも考えるべきですね。今日は気を取り直して五目豆を作りました。昨夜から大豆を水につけておきます。高島屋から帰ってマットで床拭きしてから大豆を煮始めました。人参、昨夜から浸していた干しシイタケ、ゆでたこんにゃくを小さく角切りに。昆布は水に浸してから、これも角切りにし、ゆでた大豆と材料を味付けし煮ます。なんて、みなさんもされることですが、こうして1日を過ごしブログを書いております。

 徒然なるままに今日を無事に過ごせることができました。雨が強く降っています。明日の桜はどうなっていることでしょう。今日は、高島屋で買ったお刺身で手巻き寿司です。「いただきまーす!」

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2021年03月28日

 今日、思ったこと

 コロナ禍の中で、毎日のレッスンに一生懸命に向き合っています。マスク、体温、消毒のおかげなのか、教室の生徒さんはコロナには感染していません。世間ではマスクに対しても色々な考えを述べる人もいるようですが、ひとり一人の心がけは必要だと思います。例えば、専門家の意見を聞いたうえで、決められたことを守るのは、可能性があるのであれば守るという決まりとして従うべきだと思います。

 と言っても、意見の相違による闘いは長い歴史の中で繰り返されてきました。しかし、そのおかげで人類は多くの経験により大切なものを学ぶことができたのです。日本は、さまざまな権力者が次々に入れ替わることで、時代を超えながら明治、昭和の時代に突入しました。

 そこからは、顧みてみれば、「後進資本主義国である日・独・伊3国と米・英・仏・ソなど連合国との間に起こった全世界的規模の大戦争(第二次世界大戦)。1939年9月ドイツのポーランド侵入、英・仏の対独宣戦により開始。ドイツ軍は一時欧州諸国を席捲、40年6月にはパリを占領、41年独ソ不可侵条約を破ってポーランド東部・ウクライナ地方に侵入、独ソ戦争が勃発。一方、同年12月日本の対米宣戦で太平洋戦争が起こり、戦域は全世界に拡大。42年夏以降連合国軍は総反攻に転じ、43年にはスターリングラードにおけるドイツ軍の全滅、英・米連合軍の上陸によるイタリアの降服、45年5月英・米・ソ軍のベルリン占領によるドイツの降服、8月には原爆投下とソ連の参戦による日本の降服となって終了。」

 日本はこの第二次世界大戦によって大きな代償を払うこととなりました。多くの若者が特攻隊となって、戻ることのない零戦(ゼロせん)という戦闘機で体当たりして、命を亡くしたのです。また、広島・長崎の原子爆弾投下による今なお続く苦しみ、その後に及ぶ核の脅威、地球温暖化の見られる、自然破壊の現象など、書き上げれば限のないほど、心配の種は尽きません。

 このように決して繰り返してはいけない経験を積んできたことも忘れ、私たちはみんなで力を合わせて頑張ろうというときにも気持ちが一つにならないという理不尽さを思います。カラオケや会食でマスクしないでクラスターが発生したのなら、マスクで防げるか試してみるなど、みんなで頑張ったねと嬉しくなることなら、やればいいじゃないと思うのに、色々な意見があるよねなんて言いたくもない。

 ミャンマー国軍の民間人殺人など、言語道断!日本は二度とそんな国にならないようにみんなで世界中を守らなければいけないのに・・・今日は、こんな私です!

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2021年03月21日

 めったにない休日は彼岸の日だった!


 平日のレッスンがお休みというのはめったにありません。昨夜は、ゆっくりできるかといつもより早めにお布団に・・・と言っても午前さまではありましたが、いつものように7時頃、一度目が覚めました。しかし、お休みだと思ったとたんに再度熟睡、目が覚めたのは9時半でした!

 何故目が覚めたかというと、スマホを見ると姉からの着信が!着信音で起きたというより、眠りが浅くなったので自然に目覚めたという感じでした。幸せ者ですね。今日は、どうしても高島屋に行く用事があるので、お墓参りは姉が先に行ってくれることになりました。高島屋と言えば長い間行っていませんが、お彼岸だからこその用事で、思い切って出かけました。

 連休でもあり人が多いかと心配でしたが、お昼前のせいかいつもなら駐車場に入る長蛇の列が、すーっと行けてしまいほっとしました。やはり帰る頃にはいっぱいの車でしたから、みなさんお墓参りの方が多かったかもしれません。

 彼岸というのは、春分の日を中日として、その前後7日間を言うのですね。生死の海を渡って到達する終局・理想・悟りの世界といいますから、故人を偲ぶ大切な日なのですね。父はちょうど東日本大震災のあった2011年、今から10年前の9月13日、母は昨年の9月1日に亡くなりました。コロナ禍に見舞われてからのなんと月日の経つのが早いこと、まだまだ収束することのない災害からの10年を思うと歴史上でも何度も同じようなことが繰り返されているのです。

 父と母のご仏壇に手を合せ、母の大好きだった虎屋(とらや)の羊羹をいただきながら訳もなく不思議な時間を味わっていました。人が生きるということ、人が亡くなるということの意味を考えるととても非現実的な世界を思ってしまいます。人と人との繋がりについても思うのです。父にしても母にしてもみんなその時を精一杯生きたけれど、自分を取り巻く環境に左右される危うさがあると思われる。父と母を幸せに思えても、その流れは歴史の一端に過ぎないのかもしれない。
 
「夜と霧」の作者、V・E・フランクルの「それでも人生にイエスと言う」を読んでいます。ナチスの強制収容所から解放された翌年にウィーンの市民大学で行なった3つの連続講演を収めた本です。精神医学者だけでなく、哲学者であり広い意味での教育者と言われています。今のコロナ禍で始まった世界情勢の動きがまた過ちを繰り返すのではないかという危機感さえ感じる今、自分を見失うことなく一番大切にすることは、温かな心を育む世の中にし続けることしかないかと思うのです。

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2021年03月14日

「ありがとう」の言葉を大切に!

2011年3月11日、2万2000人を超す死者・行方不明者を出した東日本大震災から10年と3日経ちましたが、避難者はなお4,1万人避難生活を続けていると言います。また先月には、福島県沖を震源とする最大震度6強を観測した地震が起きました。このニュースが流れたときには、思わずなぜ同じところで・・・と本当に理不尽な思いをしました。中には、10年前に被災された方が今回も家屋を失ったとのことでした。まだまだ地震は終わってはいないと改めて怖いと感じました。

 色々な被災地のニュースが相次ぐ中で昨夜、NHK「被災地から世界に届け10年分のありがとう!」との見出しで、被災地から始まったという、感謝の思いを色んな人に「ありがとう」で伝える番組でした。10年経ったからこその内から湧きあがる真実の想いを今だから伝えたいというお気持ちをひしひしと感じ胸が熱くなりました。

 肉親を奪われた人々、夫と子供(2人の内1人)を亡くした方は、自分が生きる理由が分からなくなり残された子どもに笑顔が無くなったり、本当に心が凍り付いたままだったのかと・・・その方が、お世話になった母親に「ありがとう」のメッセージを送る姿を見て、なんて長い年月がかかったのだろうと正しくこの雪融けの季節に人の心の温かさを身に染みる想いで考えさせられた被災地の今の姿でした。

 コロナ禍の今も、これでもかというほど、次々に襲われる逆境にまだ私はやりたいことがやれて、感謝の気持ちや、「ありがとう」の言葉も自然に言える。大きな災害に遭ったわけではないけれど、地震などの災害も、コロナの収束を願っている現状であっても、いつ、何が起こるか分からない世界中の情勢すら確信のないままでいます。

 だけど、「ありがとう」は言える。芯体操のレッスンを大切に思って来てくださるみなさんに「ありがとう」です。自分にできることを一生懸命にやろうと、できる場があることに「ありがとう」です。色々な身体と闘いながら乗り越えることで元気になってくださるなら「ありがとう」です。 日々、色々な食材を得られて、工夫して美味しいものが食べられることに「ありがとう」です。

戦争やコロナのような、人災、天災に人間は長い時代を闘い、多くの犠牲も糧にしながら生きてきました。傲慢にだけはなりたくないですね。「ありがとう」だけは忘れてはならない言葉・想いであって欲しいですね!

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2021年03月07日

 Chacott(チャコット)さんとのお付き合いに想う

  
 バレエやヨガ、健康体操などの衣装など扱ってきた会社ですが、私が個人的に知るようになったのは、健康体操を始めた頃に遡ります。健康体操の団体に属していたとき、ダンスやスポーツなどに普及したレオタードなどを身につけて、わくわくしながら楽しんでいたことを思い出します。華やかな時代でした。

 その時チャコットのIさんとは、芯体操創立後も引き続きお付き合いし続け、それまでの団体を離れて、個人的に向き合ったことで、私の中に新たな思いが芽生えたのを覚えています。当時のIさんはとても若く、日本列島が女性の伸び伸びとからだを動かす喜びに満ち溢れていた中で生き生きとお仕事に励んでおられました。

 そんな状況でお目にかかり、お互いが夢と希望を持っていましたので、私はこんなことを考えていました。「共存共栄」の精神です。私にとっての体操の世界は、ビジネスからかけ離れていますが、Iさんにすればお仕事ですから、少しでも力になりたい、そして私は生徒さんに少しでも楽しんで頂くためにできるだけ良い品を提供したいと思っていました。
 そこで、Tシャツ1枚でもいい条件を選び、なるべく多くの枚数を買っていただきたいと願っていました。その気持ちが、芯体操を設立してからもIさんを通じ交流を続けることができたのだと思っています。


 芯体操の創立記念に初めてのTシャツをこちらがデザインを考え、色違いを2枚作り殆どの方に2枚購入していただくことで格安で作ってもらえるようになりました。チャコットさんにデザインの細部に至るまで構想を伝え、みなさんに喜んでもらえる商品を提供できたのは、そうした話し合いができた良き時代と、人と人との繋がりを大切にしたお互いの気持ちで叶ったのだと思っています。

 それを引き継いだ、Tさんにも心から感謝しています。その後何度もTシャツづくりもできましたが、世の中の移り変わりは厳しく丁度、Tさんの進退もお聞きしています。時は流れ、今日は思い出に浸ってしまいました。つくづく思うことは、やはり、気持ちを込めて精一杯、物事に向き合うことの大切さをつくづく感じています。コロナ禍でつい言葉で伝わらないもどかしさを感じたりしますが、やはり表情が見えないことで誤解が生まれることもあるかもしれません。相手の話をよく聞くことも大事、色々考えながら温かい気持ちで過ごしたいと思っています。

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2021年02月28日

明日から3月楽しみを求めて!

    
 思えば2020年、昨年の3月はお雛様を出すことを思いつくこともなかったぐらい大変な年でした。3,4,5月の自粛の日々、その後レッスン再開の日々も今から思えば夢中に模索しながらの毎日でした。

 あっという間の1年間に私たちの生活習慣は随分、変わりました。布マスクが出現しマスクとは縁のなかった多くの人たちが、色々な情報に惑わされながらも、1番安全な材質や、2枚重ねなど体験を積みながらもほぼ同じ方向性で落ち着くようになってきました。世の中が自分の考え方を主張しつつ、多様性を持つことでなかなかまとまらなかった事例が多い中、コロナ感染を収束させねばならないという一つの方向性が、人々の中に生まれました。

 何かをセーブするにはどうすればよいかということは、勝手な人間の心を戒めるためには大きな力がいると天の神様が判断されたのかもしれないとさえ思ってしまうのです。はや10年前、2011年3月11日の東日本大震災が起こったことは、あまりに悲惨であり、神様はなぜこの様な試練を与えるのかと怒り交じりの悲しみでありました。

思い起こせば、阪神大震災も、そして世界中に今も起きている争いや天災、人災の数々さらに遡れば生命が大進化した、5億4000万年前からこの地球に起こったことを思えば、決して安定していたとは言えない歴史です。飛躍しすぎと思われるかも知れませんが、人間が後世に残すことの重みをものすごく考えてしまいます。

 その時々に闘われ続けてきた様々な問題意識が次の引き継ぐものにどういう結果を残していくのかを考えますと、コロナ感染についてもどのような乗り越え方をするのかが重要になりますね。私たちの時代が未来にどういう結果で残せるのか、せめて精一杯生きるしかないのであれば、少しでも努力したいと思いますが・・・

 コロナ禍とオリンピックの問題も非常に困難なことだと思いますが、明日から3月という気分が、昨年の3月より穏やかな気がしているのは気のせいでしょうか。自粛解除になっても決して昨年からの1年間を無駄にしないように、私たちの力を途切れることなく気持ちを一つに、頑張りたいと思います。

 雛祭というのは、女児のある家で幸福・成長を祈って雛人形などを飾り、桃の花などを供えるお祭りです。近くの和菓子店の雛祭セットをお紅茶とティータイムしました。とっても美味しくて楽しめました!

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